「真摯さ」が重要だとしても、具体的にどういうものか不明な方も多いのではないだろうか。
この記事では、「真摯さ」とは何かを具体的に捉えるために、2つの事例を紹介する。
いずれも、目の前の状況から逃げず、「何のためのルールか」「自分の仕事は何か」「いま為すべきことは何か」を問い続けた先にある事例だ。
2つの事例を参考に、ぜひ真摯さを見つめ直してほしい。
国際連合中満泉さんの事例:権利を濫用してでも命を助けた
DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー2025年12月号の特集「P.F.ドラッカー『真摯さ』とはなにか -経営と人生の指針-」では、真摯さに関する事例や具体的な考察が掲載されている。真摯さについてより詳しく知りたい方には、ぜひ読んでほしい特集である。
この特集のなかで、国際連合 事務次長・軍縮担当上級代表の中満泉さんの事例が紹介されている。ここでは、その内容を要点に絞って取り上げたい。
中満さんは、紛争地域で国連職員として働いていたとき、職員の命と安全に関わるIDカードの管理を行っていたという。紛争地域では、治安維持や物資の制限、監視を目的としてチェックポイント(通過地点)が設けられる。チェックポイントを通過するには、空港でパスポートを提示するのと同じように、自身の身分を証明する必要がある。IDカードは、そのための重要な証明である。
そんな環境下で、中満さんが職員を務めていた頃、現地の女性2人が命の危険にさらされる危機があった。安全な場所に移動しなければ、このまま殺されてしまう――そう言わざるを得ない状況だったという。
そこで中満さんは、国連職員と身分を偽るIDカードをその女性2人に持たせ、避難させた。命を守るために、カードの運用ルールを逸脱する選択をしたのである。
あなたはこの行為をどう思うだろうか。
・「権利の濫用だ」
・「命を守るのは人として当然だ」
おそらく、意見は分かれるはずである。
しかし私は、ここにこそ「真摯さ」があったと考える。なぜなら、中満さんは次の3つを自分自身に問い、その基準に則って行動したからである。
・ルールは何のためにあるのか
・自分の仕事とは何か
・いま為すべきことは何か
さらに中満さんは、自身の行為がルール違反であることを自覚したうえで、事後報告もしたという(処罰はなかったそうだ)。極限状態の判断ではあるが、状況の本質を見極め、責任から逃げずに行動した例として、学ぶ点が多いのではないだろうか。
エルトゥールル号とテヘランの事例:恩をいつまでも忘れない
エルトゥールル号の悲劇と、テヘランの日本人救出劇をご存知だろうか。これらは、田中光敏監督によって「海難1890」という映画にもなっている。未見の方には、ぜひ見てほしい作品である。
物語の起点は1890年のエルトゥールル号の海難事故である。天皇への謁見を目的に、トルコ使節団は日本へ出向いた。無事に天皇陛下への謁見を果たし、帰国の途についたが、台風の被害にあい遭難してしまう。656名が被害にあった。
だが当時、大島の国民が不眠不休で救難活動を行った。その結果、69名の救助に成功した。救助された人々は神戸で治療を受け、無事トルコへ帰ることができたという。
それから月日がたち、1985年。イラン上空で無差別攻撃が48時間後に行われる、と通達があった。イランには日本人が215名いたが、日本からの救援はなかった。そのほかの航空機もチケットが取れない状況で、日本人は窮地に立たされる。
そこで動いたのがトルコである。トルコは日本に救援機を出し、日本人はその機に乗り込んで危機を脱することができた。もちろん現地にはトルコ人も大勢いた。それでもトルコ人は救援機を譲り、陸路での避難を選択したのである。
トルコ大使館は「エルトゥールル号の恩を返した」として、自国民にとってもリスクのある選択をしたという。ここには、計算や損得だけでは説明しきれない、人の真心がある。
目の前の人が困っていたら助ける。受けた恩を返す。当たり前に聞こえるかもしれないが、まさにその当たり前を貫く姿勢が、真摯さを象徴しているように思える。
・「誰かの役に立とう」
・「助け合おう」
私たちは、こうした勇気ある事例から真摯さを学べると強く思う。そして、この気持ちを決して忘れてはいけないのである。
真摯さの事例まとめ
この記事では、2つの事例から「真摯さ」について考えてきた。
事例のような極端な場面は、日常でなかなか訪れないかもしれない。
だが、物事の大小に関わらず、眼の前の現象を自分に問い続けてほしい。
次回は、アンケートをもとに「真摯さ」についての価値観を紹介しようと思う。
