前回の記事では、語源や辞書などから「真摯さ(Integrity)」の定義と由来を紐解いた。
今回は「真摯さ」が日本で定着した背景をピーター・ドラッカーの著書『マネジメント』や日本の文書から探ってみようと思う。
想像していたのとは違う真摯さの用途に、驚きを隠せないはずだ。
真摯さを大事にしたいと考えている人は、ぜひ最後まで読んでいってほしい。
ドラッカーが広めた「真摯さ」
この言葉が日本のビジネス現場で広く「概念」として定着したのは、いつ頃からなのだろうか。
おそらく、ピーター・ドラッカーの名著『マネジメント』の影響が大きいと考えられる。
『マネジメント』原著が発売されたのは1973年、日本版は1974年だ。
ドラッカーは、マネジャーに絶対的に必要な資質として「真摯さ(Integrity)」を挙げた。
才能や知識ではなく、真摯さこそが重要であると説いたあの一節が、日本のビジネスパーソンに深く刺さったのである。
これをきっかけに、「真摯さ」という言葉は、リーダーシップや仕事論の文脈で欠かせないキーワードとなっていった。
戦時下の公文書に見る「真摯」
ここで少し視点を変えて、歴史の中での使われ方を探ってみたい。
ふと、「日本国憲法(1947年施行)には真摯という言葉があるのだろうか」と気になり、調べてみたことがある。
結果は、「誠実」という記述は見つかるものの、「真摯」という言葉は一つも使われていなかった。
他にも「真面目」や「真剣」なども探してみたが、法的な文脈や公的な概念として定着していたのは、あくまで「誠実」のほうだったようだ。
しかし、さらに調査を進め、国会国立図書館のデータベースを紐解いてみると、興味深い資料に行き当たった。
第二次世界大戦中の緊迫したやり取りの中に、「真摯」の文字が見つかったのである。
「真摯」の文字が記載されていたのは、1941年11月18日に打たれた電報だ。
当時、日米関係は極限まで悪化しており、経済制裁や資源の問題が絡み合い、軍事衝突を避けるためのギリギリの外交交渉が続けられていた。
その渦中で、駐米特命全権大使であった来栖三郎から、当時の外務大臣・東郷茂徳に宛てて送られた電報(法廷証第1179号)に、その言葉はあった。
以下に、その原文と訳、そして出典を記す。
【原文】
法廷証第1179号: 電報第一一三三號一九四一年十一月十八日來栖ハ東郷ニ對シ電信ニテ合衆國ガ交渉解決ニ眞摯ナル意圖アル事ヲ報ジ且日本ノ南部印度支那ヨリ直チニ撤兵スルコトヲ助言ス
【訳】
法廷証拠第1179号:電報第1133号(1941年11月18日)。来栖は東郷に対し、電信で、米国が交渉による解決に真摯な意図を持つことを報告し、あわせて、日本が南部印度支那から直ちに撤兵するよう助言した。
出典:GHQ/SCAP Records(International Prosecution Section), 「Court Exhibits in English and Japanese, IPS, 1945–47」Entry No. 327 所収「法廷証第1179号」(法廷証第1179号)
この一文における「真摯」の意味を考えてみてほしい。
もちろん、私は歴史の専門家ではないため、当時の詳細な背景や資料の完全な正確性については断定できない部分もある。あくまで、この文面から読み取れる考察である。
ここで使われている真摯は、現代の私たちがイメージするような「道徳的に正しい」とか「真心がこもっている」といった、柔らかなニュアンスではないだろう。
「米国には、交渉で解決する意思が本当にある」
「彼らは本気である」
「ブラフ(はったり)ではない」
そういった、相手の「本気度」を評価する言葉として機能しているように読める。
国家の命運をかけた外交交渉の場において、「真摯」とは「どれだけ本気か」を伝えるための最も強くてわかりやすい表現だったのだろう。
戦時中には、これ以外にも多くの場面で「真摯」の文言が残されている。
真摯の意味は「本気」から「ひたむきさ」へ
戦時中の公文書では、相手の「本気度」や「覚悟」を測る物差しとして使われていた「真摯」。
それが時代を経て、ドラッカーの翻訳などを通じ、ビジネスや日常における「まじめでひたむきに取り組む様」を表す言葉として定着していった。
だが、言葉の根底に流れるものは共通しているように思える。
それは、「遊びではない」ということだ。
外交交渉における本気度であれ、仕事に対するひたむきさであれ、そこには「逃げずに正面から向き合う」という強い意志が存在する。
ドラッカーが提言し、私たちが今大切にしようとしている「真摯さ」もまた、単なる「良い人」であること以上に、自分の役割や責任に対して「本気であること」を求めているのではないだろうか。
次の記事では、「真摯さ」を貫いた事例を紹介し、私たちがどのように向き合えばいいのかを紐解いていく。
